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パラリンピックは見ましたか?

救いの手は誰にでも差しのべられる

でも救いの手を逃すか

つかみ取って前向きに生きるかの違いであって

みんな平等なんです

(ロンドンパラリンピック銀メダリスト 伊藤智也氏)

 

パラリンピックも今日が最終日

私が所属している仙台鍼研究会のメンバーは盲学校の卒業生が多いのですが

前回の北京大会の際に盲目のアスリートの様子を興奮気味でお話しになったのを聞いてから

競技に興味をもち テレビで観戦するようになりました

今回は前回よりもメディアで取りあげられることが増えたのではと感じています

 

伊藤智也選手は多発性硬化症の発症によって左目の視力と下半身の自由を失いました

ちょっとした手違いにから競技用の車いすと出会い

それが競技を始めるきっかけになったそうです

 

 

「目が見えないから指先の感覚や記憶力が優れるのね」

尊敬する大先輩の話をするとそう返されることがよくあります

誤解を恐れずに言えば 備わっているならばそれに超したことはない

事故や病気で(あるいは生まれながらにして)機能を失えば それはそれは大変なことです

 

 

葛藤を超えた後の 血のにじむような努力が

指先感覚や記憶力といった卓越した結果となって現れているのであって

あたりまえのように第二の能力が出てくるわけではないのです

 

備わっている者は努力不要分の余力を

少しの手助けに使ってもよいのではと思います

努力する必要がないことへの感謝と努力をした(している)人への尊敬があれば

自然と体が動くのではないでしょうか

 

そのほんの少しの手助けが誰かの扉を開く鍵になるかも知れないのです

 

 

 

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